ご自宅や旅先で家族や知人の歯ぎしりに驚いたという経験をされた方もいらっしゃるでしょう。歯ぎしりは、小児で約20%、成人で5~10%、高齢者では4~5%と、比較的多くの人でみられる現象です。専門的には、歯ぎしりは、睡眠時ブラキシズムという睡眠関連疾患の主たる症状です。

歯ぎしりの音は、上下の歯を繰り返し強くこすり合わせることによって発生します。そのためには、下あごのエラの部分やこめかみにある咀嚼筋が重要です。これらの筋は、食べ物を噛むために非常に大きな力を発揮し、脳と神経によって巧みに制御されています。
睡眠中はこれらの筋肉が緩み、歯ぎしりは起こりにくいはずなのですが、脳波や心拍数が上昇することで歯ぎしりが発生します。歯ぎしりをする人は、咀嚼筋を働かせる神経回路が作動しやすくなっているようです。さらに、睡眠中は咀嚼筋活動を押さえるしくみが働かず、歯ぎしりが始まっても止められない可能性も考えられています。

歯ぎしりは、大変強い力で上下の歯をこすり合わせます。それらに伴い、歯や顎の損傷を引き起こすことがあります。
例えば、歯ぎしりによって歯の表面がすり減り、歯のエナメル質が削れてしまうことがあります。また、歯ぎしりによって歯がひび割れたり、欠けたりすることもあります。
さらに、歯ぎしりは、歯科補綴装置やインプラントにも悪影響を及ぼすことがあります。例えば、入れ歯やブリッジなどの補綴装置は、歯ぎしりによって壊れたり、欠けたりしてしまうことがあります。インプラントも歯ぎしりによって周囲の骨が損傷を受けたり、緩んでしまうことがあります。その他には、咀嚼筋や顎関節に痛みや違和感が生じる顎関節症との関連もあります。


しかし、歯ぎしりによる歯や顎へ加えられる物理的な悪影響には、個人差があります。歯ぎしりをする人の中には、何年も続けていても、歯や顎に損傷を受けない人もいます。
これは、歯ぎしりのしかたや、歯や顎の形や固さ、そして噛み合わせの状態など、歯ぎしりによる大きな力に対する歯や顎の耐性に個人差があるからとも考えられています。

歯や顎といった口の健康への影響のほかに、生活の質や睡眠の質に影響する可能性を指摘する研究もあります。また、ひどい歯ぎしりをする人は,血圧が高くなる傾向があるとする報告もあります。
しかし、具体的に何がどのように影響するのかは明らかではなく、これらの結果の信頼性については今後検証の余地があります。事実、生存率を調べた大規模研究では、毎週歯ぎしりをする人の30年後生存率は、歯ぎしりをしない人と変わらないことが最近報告されました。

いずれにせよ、歯ぎしりによるダメージを軽減することは、歯の健康を維持するために非常に重要です。今のところ、原因がわからない歯ぎしりを止める治療法はありません。さらに歯ぎしりのメカニズムを明らかにする研究成果は少なく、さらなる研究が必要です。
一方で、歯や顎の問題は、歯科医師による治療や、プラスチック製のマウスピースを使うような適切な対策を講じることによって防ぐことができます。ですから、歯ぎしりをされる方は、歯や顎に異常を感じたら、歯科医院への受診をお勧めします。