漢方薬は中国から中国医学が日本に入り、日本で独自で発展した薬物療法です。
漢方薬のひとつに「抑肝散(よくかんさん)」というのがあります。

抑肝散は、読んで字のごとく東洋医学で言う五臓六腑の五臓の一つである“肝(かん)”を抑える薬です。
“肝”は心や精神をあらわし、言いかえれば抑肝散は精神神経症状を抑えるための漢方薬です。

適用疾患としては「主として癇性(かんしゃく)、神経症、不眠症、神経衰弱、ヒステリーなどに用いられる」とありますが、それ以外に「歯ぎしり」にも使われてきました[1]。

このように内科、精神科、小児科、産婦人科などで広く処方されてきました。今回は歯ぎしりと抑肝散について考えていきます。

歯ぎしりがどのようなメカニズムで発生するのかは、現在まで正確なことはわかっていませんが、原因と考えられているのはストレス、噛み合わせ、生活習慣、子供の特有な歯並びがあげられています。

歯ぎしりによって、歯、歯茎、顎、睡眠に障害を与え、頭痛や肩こりをもたらす場合もあります。


2014年に第36回日本生物学的精神医学会と第57回日本神経化学会大会が合同で学術大会が開催され「抑肝散の基礎と臨床最前線」のシンポジウムが企画されました。
そこで近畿大学東洋医学研究所・分子脳科学研究部門の研究グループは大変興味深い発表をしていました。

その発表では、ヒトはストレスを受けると、視床下部-下垂体-副腎軸(HPAaxis)というストレス制御系により体内のストレス応答が制御されている生理学的な現象から、抑肝散は視床下部において miR-18 の発現を抑制することでストレスにより低下する GR タンパク量の発現量を増加させ、HPA axis活性化レベルの正常化に関与している可能性を示唆されました[2]。

近年には、大阪大学大学院歯学研究科口腔生理学教室の研究グループは、歯ぎしりはストレス、不安、環境の変化などから脳内の活動性の上昇より歯ぎしりのスイッチが入り、顎運動のリズムを発生させる神経機構がオンになる可能性があるとしています[3]。


さらに臨床報告では、東京医科大学耳鼻咽喉科・頭頚部外科学分野の治療チームが睡眠時ブラキシズムに伴う顎顔面痛に対し、抑肝散が奏効した2症例を報告しています。
1症例目はこの睡眠時の歯ぎしりによる咬筋の筋膜からの痛みと診断され、抑肝散の治療を開始し、4週間の治療の終わりまでに下顎痛は改善しました。

2症例目は症状が胸鎖乳突筋の触診によるもので、特に朝に激痛があったことから、睡眠時ブラキシズムによる胸鎖乳突筋の筋膜からの痛みと診断し、抑肝散の治療を開始し、6週間の治療の終わりまでに症状は改善したものでした[4]。

最近の基礎、臨床研究から、私は歯ぎしりの原因のひとつのストレスに注目した場合には、体内のストレス応答系の不具合と考えています。
その応答系のスイッチに抑肝散が働き、歯ぎしりの改善につながっていると考えます。
すなわち、抑肝散は抗ストレス効果や慢性疼痛自体の緩和効果により、歯ぎしりの軽減が期待され、歯ぎしりに伴う慢性顎顔面痛の症例に有用であると思われます。

参考文献
1) 赤尾清剛,川嶋浩一郎,齋藤絵美,真鈴川 聡,山田和男. 抑肝散の応用, 日東医誌62: 479-508, 2011.

2) 清水尚子,遠山正彌,宮田信吾.抑肝散の抗ストレス作用.The Autonomic Nervous System 自律神経, 54:21−25, 2017.

3)加藤隆史. 歯ぎしり・食いしばりが睡眠に及ぼす影響とは. Mouth & Body Topics 6:4-7, 2022.

4) 平澤一浩, 塚原清彰.睡眠時ブラキシズムに伴う顎顔面痛に対し,抑肝散が奏効した2例. 耳鼻咽喉科臨床 115:431-434,2022.